プロフィール詳細  
 
 point タイトル:
5月18日〜19日 平和の火 二日間のストーリー
 point 寄稿:
中川圭子 〜ヒロシマ〜
 
「平和の火 2日間のストーリー」


 この度、縁あって、私の手元に「平和の火」が17日夜に届いた。
 この火と直接関わるのは二度目である。そして暫く私の手元にあった聖火用ランプとカイロとの再会である。
 この火との心の準備はすでに出来ているつもりだった。
 広島では、静かにゆったりとした時間を過ごさせてあげたい。そう願っていた。
 前回関わった時、散々、この火には、ハラハラドキドキさせられたからだ。
 そして、この火自らが、意志を持っているという事を知っていたからだ。
 それでも、私は、少しでも自分の願うようにと、当日の水辺でのキャンドルナイトを最高のシチュエーションに仕立て、何度も何度もイメージトレーニングしてきた。

 そんな思いとは裏腹に、早速、山口から広島までの道のりの間に、アクシデントは始まった。
 山口担当 のOさんが思いのほか遅くなってしまったので、丁度、我が家に来ていた仲間が代わりに東急ハンズまで買い物に行く事になったのだ。
 ところが、家から東急ハンズまで行く間にズボンに入れていた筈の財布がなくなった。
 全てのカードと免許証が入っているという。
 そんなドタバタの中、夜8時過ぎ、山口のOさんが平和の火を持って、到着。

 まず、一番に驚いたのは、平和の火一式グッズである。
 ランプとカイロの取り扱い説明書(写真入りで、事細かくファイルされている)と火鉢(木製火鉢カバーは持ち手をつけ、まるで家具のような代物である。)
 ここまで用意された実行委員の皆様の思いが痛い程伝わってきた。
 そして、ここまでバトンされてきた沢山の人々の思いと、次にバトンする役割の大きさに改めて気づかされた。

 Oさん一言。「実は、何か問題はない?と来る途中、家内から電話があったんです。家の電球が息子によって壊されたんです。以前、同じ電球が壊れ、その時は、その後、長男が足をくじいたので.. また同じ電球が壊れたので、心配してきたんだけど…それは、東急ハンズで買ったものだったんで..」
 丁度、その頃、買い物に行った仲間が東急ハンズの前で財布が無いと気がついた時だった。
 何時間もたった後、疲れ果て意気消沈した仲間が帰ってきた。何度も何度も真っ暗闇の中で財布を探していたらしい。そんな彼に私は、何もしてあげられない、せめてヒーリングでもできたらいいのに、初めてそう思った。
 私たちは、煤だらけになっていたランプを磨き、別室に平和の火を運んだ。

 18日朝、ギリギリまで、イベントの準備に追われた。そんな中、心配事が浮上してきていた。
 朝から、残った火鉢の中の種火の上に豆炭を置いてあるのに、どうも、思うように火がつかないのだ。出発の時間が近づいてきたが、火がつくどころか、だんだん元種さえ危うくなってきた。
 こんな種火を残して行く訳にはいかない。慌てて外で、不本意ながらも、火を起こす事になった。
 「バーナーでやれば早いのに..」と..なかなか炭もつかない様子に横の仲間は叫ぶ。
 「そんな事できる筈ないでしょ。」新聞紙ではすぐ消えてしまうにも関わらず、他に火を炊く手段を思いつかない私は気持ちが焦る。
 そういえば、今までまともに、火起こしなんてした事なかったな〜?情けなくなってしまう。見かねた息子が来て、一緒に手伝ってくれた。

 このランプに関しては、周知していたつもりだったが、よく考えてみると、こうして火鉢を扱うのも始めてかもしれない。どうも、豆炭が湿気ていたようだ。
 23年間ずっと守って来られた山本さんを思った。そして、改めて、この火に対しての自分の在り方を問われた思いがした。

 3:30、やっと乗り込んだ車の中で、遠くの方で鳴り響く雷の音が聞こえた。
 助手席で、Mちゃんがしっかりと火を抱きしめてくれていた。

 私が今まで関わったイベントでは、天候については完璧だった為に、今回もきっと大丈夫....。 と、この時はまだそう確信していた。

 平和公園でひとり降ろした後、ピースキャンドルを受け取りに行く家の近くにある、世界平和記念聖堂に、急遽平和の火を持ってご挨拶に行く事にした。
 この世界平和記念聖堂は、被爆後、広島に祈りの場をと、世界中の人達の寄付によってできた聖堂である。
 私自身、とても好きな場所のひとつである。
 祈りをした後で、不思議な顔をして見ておられた購買部の老シスターの元にこの火を持っていき、この火の説明をすると、「私は被爆者なのよ。こんな火があるなんて知らなかったわ。」と涙を浮かべ、ランプを抱きしめられた。

 現地では、荷物は外に出したものの、みんな、本格的な雨で動けなくなっていた。
 そんな中、本日の演奏者の到着である。演奏者のクリスタルボールの方にお会いし、今日の演奏にびったりの方である事を嬉しく思った。
 とりあえず、橋の下に演奏者と音響の荷物を置く事にした。
 みんな傘もささず、濡れたままで黙々と荷物を運んだ。
 雨は降ったり止んだりしていた。明るくなってきた空をみながら、Tさんに電話をし、急遽4張りのテントを借りていただく事にした。もしかしたら、あれでも雨が降るかも?少しだけそんな心配が横切った。

 斜め前の球場に明かりが灯った。今晩は広島球場ではカープ戦が行われるようだ。
 発電機とテントを持ってTさんが到着した。時間はすでに6時廻っていた。
 7時からの開始まで時間が無い。雨は本格的に降り始めていた。慌てて、ボツボツと集まってこられたメンバーに声を掛け、テントを張った。
 大事な火は、家からず〜と抱えてくれたMちゃんがひとり、車の中で守ってくれていた。
 時間が押し迫った中での準備である。足場も悪く、時間もない中で、みんなバタバタである。
 本格的に降り始めた中、早々にカメラを抱えた報道の人々が集まって来られた。
 こんな大雨の中、大きな機材を持って、お疲れさまです。
 その中に、ボツボツと参加者の人達が集まって来られた。

 ふと荷物の置いてある車に行くと、後ろのバンパーが開いたままで
あった。火を持ったままトランクを閉めようとして、右手の親指を挟んでしまった。左手には火を持っているので、どうしようもない。気がついた仲間が慌ててトランクを開けてくれた。見ると親指は半分の厚さになっている。不思議に痛みは感じない。
 正面の大きなキャンドル(前日、外でも消えないようにと、木綿の芯で作った大きなキャンドル..中には折り鶴を入れた)に火を灯し、神戸の震災の時オーストリアから贈られてきたキャンドルにも火を灯した。
 ピースキャンドルも何も準備できていない事に気がついた。慌てて、芯を刺し、蝋燭を取付け、テントの川辺にピースキャンドルを並べ、火を灯した。やっと、キャンドルナイトらしくなってきたな〜と少し安心した。
 「並行に並べるのではなく、入れ違いに置くといいよ。」とのピースキャンドルのプロからのアドバイス。確かにね〜前より数段素敵になった。

 少し安心したのか、痛んだ指を思い出した。半分になったままの状態の指を仲間にヒーリングしてもらった。
 今まで全く感覚のなくなっていた右手がじんじんしてくる。周りに万全のサポーターがある事に感謝する。それにしても、やれやれだ。..慌てるなという事だな。初心に帰ろう!と大きく深呼吸する。

 2つのテントの中には段々とキャンドルを手にした人々が集まって来られた。
 ひとりひとりが正面のメインキャンドルに灯っている平和の火から自分のキャンドルに点灯していく。
 まるで、てんとう虫のようにキャンドルの火が闇の中に灯っていった。

 そんな中で、演奏が始まった。クリスタルボールとトーンチャイムと篠笛の音。そして、何よりの効果音である雷と稲妻…。演奏と競演をしたかったかのように、空では雷が鳴り響く。
 携帯電話に、自宅の隣のアパートの住人から、雷の為停電になっている旨のメールが入ってきた。
 直ぐさま処理する。
 そんな悪天候の中、インターナショナルスクールのメンバーも沢山参加してくださっていた。
 中には松葉杖をついた女の子もいた。「大丈夫?」と声をかけると、
 「こんなの平気よ..」 と屈託のない笑顔が帰ってきた。みんな楽しそうにしている。

 もし、私が単なる参加者だったら、こんな天候で来るだろうか?と、沢山の参加者を見ながら、ふと思った。
 昨夜火を届けてくださった山口のOさんも、忘れ物があった為、何故か参加。
 そして、次の日バトンする予定のYさんもわざわざ新幹線に乗って、参加してくださった。
 遠く離れた所で、傘をさして川辺に椅子を持って座り、キャンドルの火を静かに眺めておられるお年寄りがあった。
 そんな参加者の皆様の様子を、私は、遠巻きに見ていた。
 側におられた某局の知りあいのディレクターが、「以前一度星の村に行った事があるんだけど、行く途中、丁度こんな天気だったんですよ。」と言われた。その時はまだ山本さんはご健在で、直接お話しをされたとの事だった。
 私は星の村には行った事がない。少しだけ私の中で星の村が近くなった気がした。

 目の前の川にまるで小舟の様な形をしたものが逆方向(川上)に向かって、ゆっくりと進んで行った。
 等間隔で3つ、目の前を昇って行く。これから潮が満ちてくるの
だろう。
 それにしても、一体あれは何だったのだろう。

 30分あまりの演奏が終わった。ひとりひとりが、ゆっくりとメインのキャンドルに火を合わせていく。
 ふと、キャンドルの机の下を見た。なんと、偶然にも、ガーデンテーブルのメッシュの間から溶けた蝋が流れ出し、床まで蝋柱ができているではないか。
 当初、ガラスの足付き台の上にこのキャンドルを置く予定だったのだが、準備の段階で割れてしまった為に直接テーブルの上に置いたのだが、どうもそれが幸いしたらしい。
 とても不思議な蝋柱である。思わず、近くの人達に声をかける。
 Tさんが、「今回のピースキャンドルはまるで灯籠流しのようだったよ。」と教えてくれた。
 どうも、ピースキャンドルの置いてあった床が大雨で川のようになっていたらしいのだ。 

 殆どの参加者が帰られ、火が消され、闇夜が戻ってきた。
 「う〜ん!今からのスタートだったら、さすが〜!完璧だったね〜と言えるんだけどね〜!」あれだけの大雨と雷が嘘のように鎮まった空を見てTさんが言った。
 一体今回の展開は何だったのだろう? 暫く、一緒に空を眺めながら、始まりと共に降り、終わりと共に止んでしまったこの度の天気を思った。
 入り口の階段の所で、参加してくださった友人ご夫婦が嬉しそうに、
 「ねえ、見て、今日カープの試合だったでしょう。でも、この天気で中止になったのよ。もし、天気が良かったらカープの声援で、静かにお祈りどころじゃあなかった筈よ。きっとこういう事だったのよ。」
 今日がカープの試合だった事を思い出した。当初ついていた筈の球場の電気が、いつの間にか消えていた。

 私の一番の最後の大仕事は、このみんなの想いの入った火とランプの火を合わせる事である。
 ここは慎重にしなければ…。気合いが入る。
 ひとりでは心配なので、仲間を呼んでサポートしてもらった。
 無事火を合わす事ができた。「大人しくしていてね。」とランプに話かけ、片付けの作業に加わった。
 残っておられた参加者の人達も、笑顔で片付けに参加してくださった。
 時々雨が降ってきた。みんな傘もささず、黙々と荷物を運んでいる。
 一番の大所帯だった音響のCHさんに言った。「雨の中にごめんね〜!まさかこんな機材があるなんて知らなかった〜!」
 「めったに出さないんだけどね〜!雨の日にはぜ〜たいにね。でも、いや〜良かったよ〜!」
 こんな返事がくるとは思っても見なかった。いつの間にか、当初はいなかった素敵な助手も参加されている。どうも、途中で、ヘルプがかかったらしい。

 雨でずぶぬれになったテントを片付けた。どんなにこのテントのお陰で助かった事だろう。 
 そして、ずぶぬれのまま返してもらっていいよと言ってくださったYさんに心から感謝した。

 最後の点検に廻っている時、演奏者のSさんが、大切そうに握っていた手から私の手の中に小さな黒い虫の様なものを乗せてくれた。「何?これ?」指の中で逃げようともしないで動いている。
 「演奏中、ず〜とクリスタルボールの中にいたの。蟹さん。これを渡したかったの」あれから長い間、ず〜と手の中に持っていてくださったようだ。

 それぞれの車が荷物で一杯になった。
 ふと、車の中に、買って置いたパンがあった事を思い出した。ひとりひとりにパンを配って歩いた。
 みんな直ぐさま口の中に美味しそうに放り込む。袋から床に落ちてしまったパンを、謝る前に、あっという間に口にほおばってくれたTさん。
 買ったパンは10個。そして、最後に残ってくれたメンバーが9人だった。
 みんないい顔をしている。
 いつの間にか、始めて会ったメンバー達も、まるで長い間からの友達のようにみんな打ち解けて楽しそうに話していた。

 「さ〜てと、残ったメンバーで慰霊碑の所に行く?」完全に上がった空を見て言った。
 直ぐさま、一同賛成〜!
 ランプを持って慰霊碑のお花の前にランプを置き、それぞれが祈った。
 メンバーのひとりがポツンと..「今まで、この火の事、知ってはいたんだけど、詳しくは知らなかったんだよね。帰って調べてみようと思う。」と…妙に深刻な顔をして言った。

 雷のせいか、なんだか空気が違って感じた。みんな、頭から足までずぶ濡れになっているのにも関わらず、澄んだ不思議な爽快感があった。そして、ひとりひとりの顔にもそれを感じた。
 何だか、今までとは違う新しい風が吹いてきた..そんな想いがした。

 家に帰り、とりあえず、ずぶ濡れになった洋服を着替え、明日渡す予定の荷物を準備した。
 そして、ふと、中にスクラップブックと寄せ書きの布がある事を思い出した。
 雨が降っていなかったら、みんなに見てもらい、寄せ書きを描いてもらおうと思って持って行っていたのだが、途中で車の中に入れたものだった。
 そのスクラップブックにみんなを代表して、Mちゃんに描いてもらった。
 今までの人達の想いのこもった寄せ書きと、スクラップブックをみんなでシェアできなかった事を残念に思った。

 翌朝6:30に起き、準備をして、福山まで出掛けた。
 10:30に福山カソリック教会で引き渡しの予定である。
 思った以上に早くカソリック教会に到着した。ドーム形の素敵な教会である。幼稚園が併設されているらしい。ランプを持って降りると、教会のスタッフの中に、Fさんがおられ出迎えてくださった。
 Fさんは以前からお電話では何度かお話しをした事があるものの、正式にお会いするのは、始めてである。
 やっと、会えた。そんな思いがした。
 どうも、ちゃんと会える時も場所も用意されているものらしい。
 早速、2階の聖堂に案内された。そこには優しそうな神父様が待っていてくださった。
 この度、正面にある感謝の蝋燭に火を付けてくださると言う。
 この蝋燭は一年に一度しか灯さないというとても大切な蝋燭らしい。
 火が灯されるといきなり、10数名の子供達と神父さまとのお祈りが始まった。
 予想外の展開にMちゃんも私も思わず目が熱くなった。何とも可愛い子供達の賛美歌にも劣らない祈りの言葉である。
 辛うじて涙を押さえた頃、新たに又10数人の子供達が入ってきた。そして、再度お祈りが…。
 もう駄目だ〜!ついに、我慢の限界である。祈りの言葉を聞きながら、ふたりとも感動で涙が溢れる。
 まるで、沢山の小さな天使達が飛び回り、祝福をしてくれている…そんな気がした。

 火をバトンする相手のYさんが来られる前に火鉢をチエックした。
 何と、来る前に大きな固まりであった筈の火種が厳重に灰を被せていたにも関わらず、殆ど無くなっているではないか..。
 早速、庭で豆炭の火付けの作業が始まった。今度ばかりは余裕である。
 教会のスタッフと一緒に楽しく火付け作業を楽しめた。

 丁度うまく、豆炭に火がついた頃、福山担当のYさん到着。
 神父さんからの提案で、引き渡し式たるものをして頂く事になった。
 数人の信者さんの前で、ちゃんとYさんにランプを手渡す事ができた。
 もし、昨日の天気が今日だったらどうなっていただろう?
 このランプはこれからバラ祭りの各会場で紹介され、夜の8時にまたこの教会に戻る。そして自由に誰もが、このランプに会いに来る事ができるという。
 全てが完璧に用意されていた事を思った。福山の人達との素敵な出会いもちゃんと用意されていたのだろう。
 そして、丁度、今まで壊れていた教会の屋根の上のマリアさまの光が、今晩から点灯するのだと言う。
 いつか、このマリアさまの光を見に来よう。そう思った。

 今まで、自分の中にあった自分自身で作ってしまっていたしがらみのような思いが無くなっている事に気がついた。気持ちが軽くなって自由になった気がした。

 この平和の火を通して出会った沢山の人達、関わってくださった沢山の人達、ひとりひとりの顔が浮かんだ。

 ここ広島に、新しい風が吹いてきた。そんな気がした。

 この度の沢山の出会いと、共にあります事に、心より感謝します。


2007年5月20日         中川圭子


★心静まりつながり深める


★再び集う光の友


★浄化の後の個々のやるべき事果たす


★火の光のもとで出会えた事に感謝します。


★1人では無理なこともみんな集まればかなう無限の力



鞆の浦にて、みこみこさんが描いてくださった絵です。
クリックすると大きな画像で見られます!


 



  プロフィール詳細  
 
 point タイトル:
5月19日〜20日 福山にて
 point 寄稿:
矢原なおなお
 
「火をリレーして、嬉しいけど、なんだかさみしいね」

 19日の午前10時半、教会で広島の中川圭子さんから火をお預かりしてから約丸一日。

 とっても短いはずなのに、ものすごく中身の濃い時間をいただきました。

 前日の広島のイベントでお会いしていたものの、ゆっくりとお話をさせていただくのは、初めてで、
ものすごくあたたかい抱擁をしていただいたとき、
「やっと出逢えた」という気持ちがして、とても嬉しかったです。

 仲間と共に、まずは、ばら祭りの緑町公園メインステージで、12時からのオープニングアクトのすぐ後、司会者の方からとってもわかりやすくご紹介いただいて、大ステージで、大ビジョンに映し出されながら、お祭りに参加していた方々に火を見ていただくことができました。

 それから、懸命に歩いて、次の会場へ。
 商店街にあるちっちゃなステージで、大道芸の人たちに混じって、2回目のご紹介。
 また歩いて次の会場へ。
 ものすごいアクロバット演技をする人たちの後のステージで、3回目のご紹介。
 その次のステージでは、「連絡もらってない!」と主催者の方を困らせながらも、星野村から北海道までの火の旅のお話をさせていただいたら、ちょっとだけなら時間をあげようということで、4回目のご紹介。

 こんな大切な火を、こんな雑踏に連れ出していいのかなと思いながらも、とにかくひとりでも多くの人に、この火に出逢ってもらえたらなと、火にも「よろしくね、ありがとうね」と話しかけながら、あちこちを回りました。

 暗くなりかけのイベント会場では、ゴミの分別のボランティアをしていた青年が、
「ええっ!原爆の残り火ですか?!ここにあるんですね!わぁ!!」
とものすごく幸せそうな顔をして声をかけてくれるシーンもあり、この火の存在の意味を改めて実感しました。

 夜20:30〜22:00。
 福山カトリック教会のご協力をいただいて、教会の礼拝堂に火を置かせていただきました。
 シーンと静まり返った、礼拝堂の中で、ただ静かに燃える火を前に、信者さんや市民のみなさまが、ずっと祈りをあわせてくださいました。

 自宅にて、火と共に一休み。

 朝7時のミサに間に合うように、早起きをしてランプ磨きをさせていただきました。

 火はとにかく静かに静かに、優しく燃えてくれました。

 教会のミサでは、20名くらいの信者さんたちが、火を前に平和を祈ってくださいました。

 「この火を、ここへ運んできてくださってありがとう!」

  「私は、原爆孤児なのですよ。こうして火がここに来てくださって、亡くなった両親にあっている気がしました。ありがとう。」

 とかく、「過去に起こった出来事」としてしか感じられなくなってしまっている「原爆投下」という「事実」が、今なお、ここに続いているのだということを肌で感じることができ、熱いものがこみ上げてきました。

 寄せ書きにも、たくさんのメッセージをいただきました。

 それから火と共にしまなみ海道ををわたりました。
 パーキングでは、潮風をかんじながら海や島々をみました。
 ランプを通してみる景色が素敵でした。

 晴天の松山で、素敵な鷲野ファミリーにバトンタッチ♪

 このリレーに携わらせていただけたことで、自分の中の新たな部分が開かれた感じです。

 本当にありがとうございました。

 矢原なおなお


★ひきつぎ


★ばら祭りのステージにて


★平和の火を抱く青年


★福山カトリック協会にて


★キャンドルたち